つきせぬ芸の心を求めて

昨日9月30日の朝日新聞夕刊に、「日本舞踊とオーケストラ」のお稽古場で
玉三郎さんと花柳壽輔さんを取材した記事が掲載されていました。

新聞記事ではなく広告特集なので、こちらでちょこっとだけ、
ご紹介させていただいても、いいでしょうかね(誰に聞いてる?)

つきせぬ芸の心を求めて

10月3日(木)、上野の東京文化会館で開催される
「日本舞踊とオーケストラー新たなる伝統へ向けてー」。洋の東西を超えた芸術の出合いは
高い注目を集めています。今回、ドビュッシーの「プレリュード」で共演する
歌舞伎役者の坂東玉三郎さんと花柳流四世家本の花柳壽輔さんに、伝統芸能に造詣の深い
文化人類学者の船曳建夫さんが話を聞きました。

本能的な踊りの心は、西と東では変わらない。

船曳:本日、ドビュッシーの「プレリュード」の稽古を拝見させていただき
   感動いたしました。家元はこのような西洋音楽と日本舞踊を融合させた
   作品を振り付けされるうえで、西洋と東洋の違いを意識されますか。

花柳:今回の舞いは、西洋音楽に触発されて、日本舞踊の体の使い方からごく自然に
   生まれたものです。日本舞踊は間口が広く、自由で幅広い表現力をもっています。
   ですから西洋音楽で踊ることに不自然さは感じません。とくにドビュッシーの
   音楽は譜面や拍子に収まらない間合いを重視している面もあり、日本の古典的な
   踊りと相性がいいんです。

坂東:印象派など19世紀以降の西洋音楽は、東洋の影響をかなり受けていますしね。

花柳:さすがにベートーベンやバッハだと、日本舞踊は合わないかもしれません。

(中略)

坂東:西洋と日本では、やはり動きの基本は違います。バレエは跳ねたり、跳んだり、
   引力に向かって反発します。一方、日本舞踊は跳ねずに引力と対峙します。ひざを
   折ったり、腰を入れたりして、地面についたまま、さも引力から解放されているかの
   ようなかたちをとるんです。

船曳:なるほど。

坂東:そのように西洋と日本で踊りの方法論は違います。ただ地球に縛られている状態、
   引力から解放されていく舞いの本質的な喜び、音楽に合わせて本能的に動きたくなる
   踊り心は同じなんじゃないでしょうか。

精神性の高みを日本舞踊は目指す

船曳:今回の作品の踊りを動詞で表すと「たどる」「追う」「ひかれる」「接する」、
   しかし「交わらない」、そして最後は「離れる」となるのではないでしょうか。
   玉三郎さんと家元の舞いは抽象的なもので、二つの運動体における様々な関係性を
   見せていきます。

花柳:自然に動いているようで、お互いの呼吸をはかったり、あるときは戦ったり、あるときは
   調和したり、ということを内面でずっとやっています。またこの作品には必ずしも明確な
   ストーリーがあるわけではありません。

坂東:私が演じるのは水の精のようなもので、一生追い求めても手が届かない憧れを表して
   いるともいえます。芸能者の立場でいえば、踊ることに一生を捧げることでしょうか。

花柳:ある年齢に達しますと、肉体的に衰えていくとともに、それを精神的なものでどう埋めて
   いくかが課題になってきます。

船曳:バレエの場合だと、32回転するような肉体的なことが大きな意味を持ちます。実際、
   ロシアのバレエスクールでは子供の頃から徹底的に体を鍛え抜きます。一方、日本の
   舞踊の場合は踊りはじめた時から、ある種の精神性の高みを目指すことが要求されて
   いるように思います。

坂東:そうですね。日本では意味のない踊り、歌詞のない踊りが少ないんです。歌詞のついて
   いるものを踊ることが、そもそも精神性なのではないでしょうか。いくら踊れても、
   意味が踊れなければ人を納得させることはできないでしょう。

船曳:冒頭で、西洋と東洋の違いについて伺いましたが、実際にお二人の稽古を見始めたら、
   そんなことはどうでもいいことだと思いました。千住博さんの静謐な美術のなかで繰り
   広げられるお二人の舞いは、狭い意味での伝統や東西の枠を超え、広大な宇宙に煌めく
   二つの塵のようにさえ感じました。

花柳:そういう見方をしていただければありがたいですね。お客様にも、ぜひジャンルに
   こだわらず、自由に楽しんでいただきたいと思っています。

船曳:私は、ある公演の口上で玉三郎さんが「時間という自然の中で、人間はほんの瞬きの
   ようなもの」とおっしゃったことが強く印象に残っています。

坂東:私は、人が生まれてくることは、神様や宇宙から与えられた修行のようなものなんじゃ
   ないかと思っているんです。ですから一生が瞬く間に過ぎたら幸せだと思います。
   瞬く間に過ぎるために、芸能者には芸能があるのだと思うんですね。私も踊っている間は
   時間がなくなります。

船曳:本日、お二人の舞いを拝見していた時間は、私にとってもまさに瞬く間でした。
   当日、公演をご覧になるお客さまもきっと同じだと思います。


以上、素晴らしい内容なので、ちょこっとのつもりが、ほぼ全部、書いちゃいました。

玉三郎さんの舞踊を見ている時、やっぱり引力から解放されるんですよね。
“一生追い求めても手が届かない憧れ”を常に感じます。最高に、心地よい状態で。
ほんとに瞬く間に過ぎ去る時間。あんなに幸せな時間はありません。

「歌詞のついているものを踊ることが、そもそも精神性なのではないでしょうか」という
言葉がとても興味深くて印象的でした。とても玉三郎さんらしいですよね。

神様や宇宙から与えられた修行が、玉三郎さんの場合は別格ですから
その瞬きも、真に美しく光輝いているのだと思います。
はぁ~(出るのは溜息ばかりなり)3日の公演は、瞬きしないで見てきますよ。

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踊っている間は

私は、踊っている間は時間がなくなります、というところにぐっときました。
瞑想の様ですね。濃密な時間を、味わえる喜びを、毎回感じています。

明後日、楽しんできて下さいね。う〜ん、羨ましい!


No title

素敵な記事をありがとうございます。
桔梗さんのブログのおかげでこの公演を知り、なんとかチケットが取れました!!
玉様は音楽への造詣も本当に深いですね。
私は一応ピアノ講師ですが、沈める寺の曲の背景を今回初めて知り、恥ずかしく思っております。
行けない方には申し訳ありませんが、当日の舞台が楽しみです。
また、このブログをされていらっしゃる桔梗さんをはじめ、沢山の玉様ファンの方がいらっしゃると思うとちょっとワクワク。
わたしのお隣さんが桔梗さんだったりして。
そのときはどうぞ宜しくお願いいたします。

東西の融合

記事の記載をありがとうございます
私は今回観に行けないけれど、不思議に思い理解できなかった東洋と西洋との融合が玉様のお話で納得できました

「引力から解放される喜び 」 すごいなぁv-10
解放されて自由に舞う、多分自然と一体となって、そこまで自由になって表現できたらいいなぁー

ぐっときますね。

フクギさん

時間という概念を超えたものですよね。
無でもあり、飛んじゃってる感じでもあり。
貴重な体験です。

すみません、楽しんでまいりますね。
またご報告いたします。

よかった!

クリスさん

3日の公演にいらっしゃるんですね。
そう言っていただけて嬉しいです。
チケットが無事に取れて本当によかったです。

ピアノ講師をしていらっしゃるってことは
ドビュッシーの「沈める寺」も弾けちゃうわけですね。
すごいなー。羨ましいなあ。

明日、お隣だったら!なにか目印がいりますね。
クリスさんの歌を唄ってますので声かけてください。
(どんな歌や)

同じひととき、ドビューッと楽しみましょう。

心の解放

ムジコさん

絵画にしても音楽にしても
西洋は東洋の影響をかなり受けているのですね。

「さも引力から解放されているかのようなかたちをとるんです」
とおっしゃっていますから、踊られている方にとっては
解放というより制御しなくてはならないことも多いのかもしれませんね。
だからよけいに、私たち観ているものは心を解放されますね。すごいっす。

新聞記事にはお着物でお稽古している写真がありました。
水の精の衣裳がどんなのかな、と気になっています。
素踊りもいいなあ。素でも妖精です、玉さん。

このまま・・・・・

玉三郎さんを観ている時、このまま永遠に終わらないで~!と思います。
これも時間がなくなるということかしら・・・・(違うか)^^

昨日も

まるこさん

このまま終わらないで~と、思うのも忘れて
見入っていました。
すんばーらしかった。もう、すーんばらしくてすんばらしくて
しつこく言いたい。

あっという間に感じられもし
とても長く感じられもし
不思議な時間でした。

なくなった時間が、一生もの。
あー不思議じゃ不思議じゃ。玉さんは。
プロフィール

桔梗

Author:桔梗
坂東玉三郎さんの 芝居に舞踊に歌唱に舞台演出に 映画監督に朗読に執筆に 歩く姿も潜る姿も後ろ姿も素ッピンも☆☆ すべてに魂を揺さぶられ〜~ 玉さんブラヴォ----ッッッっ!なエブリデイ!

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