玉三郎さんトークショー〈その1〉@新阪急ホテル

3月21日に、大阪の新阪急ホテルで行われました
坂東玉三郎さんのトークディナーショーに参加されました
我らが(ほぼ)地元クィーンの京にんじんさんが大作レポートを
まとめてくださいましたどうもありがとうございます。

数回に分けて、ご紹介させていただきます

    

遅くなってしまいました。3月21日大阪新阪急ホテルは紫の間の
「坂東玉三郎トーク&ディナーショー 坂東玉三郎の語らいの夕べ 
~伝統と革新が出会う時~」のご報告です。

1時間30分、たっぷりのトークショーでした。
新阪急ホテルのディナーもおいしかったです。落ち着いた味でした。
コーヒーは適度に熱かったし。

開会アナウンスで、聞き手の真山仁さんの略歴と玉三郎さんとのご縁が紹介されました。
真山さん、1962年7月生まれ、ということは、玉三郎さんよりも12歳下ですね。
「コラプティオ」は、昨年、直木賞候補にノミネートされたのだそうです。

たまたま読んだ「週刊文春」(3月21日号)に、真山さん最新刊の「黙示」の
紹介記事(「著者は語る」)がありました。農業問題なんだとか。レビュー記事も
多いようで、直木賞作家になられる日も近いのではと思います。

会場の前に、夕霧の真紅の打掛が展示されていました。「ふき」は抜いてありました。
テーブルに、販売用の真山さんの著作、福田さんの写真集などが置いてありました。
閉会後、真山さんが本にサインされるというアナウンスがありました。わたしは購入も
サインも握手もしませんでしたが、「コラプティオ」と「黙示」、買っとけばよかったかなあ。
Mさんは「ハゲタカ」お買い上げ。

大まかな感想と進行について、まとめてみました。

印象に残ったことをあげると、以下のとおり。
・玉三郎さんの、とっちらかる話が楽しい
・玉三郎さんの、意図しないひとことが可笑しい
・玉三郎さんの、声色(おばちゃん集団とか、イタリア語と日本語のはずの、
 イタリア人との会話)が楽しい
・玉三郎さんの、「だけど」ではなくて「しかし」、
 「小さい時」ではなくて「ちっちゃいとき」、
 強く主張したいときの「・・・のぉ、・・・でぇ」という語尾の、玉三郎節は楽しい

楽しみながらも、わかってはいたつもりではありますが、あらためて、
厳しい、激しい、頑固な役者生活を送っておられるのだなあ、と再確認したトークショーでした。

そして、聞き手の真山さんは、玉三郎さんの話が飛躍すると、
「いま、飛びましたねっ」と突っ込み、むつかしくなると、「翻訳しますと」と説明に入り、
さすがに20年来のおつきあいを重ねただけに、うまくさばいておられました。

真山さんの進行メモはこんなものではなかったかと、本人のつもりで書いてみました。

1. 導入
出会って20年。ここ、玉三郎さんに確認済
出会いのきっかけは、すこし丁寧に説明したい。これも玉三郎さんに確認済
2. 出会いが衝撃的だった話をしたい(いきなり、「ハンバーガー食べる?」と聞かれた)
その頃の玉三郎さんの問題意識、社会認識についてもう一度説明してもらう
3. パリ公演の感想
4. 海外の舞台を見る理由、感想
アメリカ、ロンドン、パリ、イタリア
5.鼓童について
「伝説」の舞台、「和太鼓」の伝統と革新
6. 新しい歌舞伎座について印象、感想
7.まとめ
注意:沖縄組踊については、話題にしない。
公演予定については、公表済の四月五月の歌舞伎座と「アマテラス」のみ告知。

盛況だった組踊に言及がなかった理由はわかりませんが、真山さんがご覧にならなかったからか、
まだ、ご自分での評価が確定していないのか、とにかく、取り上げられませんでした。

以下、「進行メモ」に沿って、ご報告します。「」内は、記憶も記録もあいまいなので、
適当にツクッたりもしています。「こんな感じ」ということです。

1.導入:出会って20年

聞き手の真山さんが登壇。下手の椅子に座られました。
お衣裳は・・・ ふつうの濃紺スーツに革靴、ネクタイは・・・みていません。
お見受けするところ、ファッションには関心がなさそうな真山さんです。
簡単な自己紹介のあと、玉三郎さん、どうぞ、となりました。
白いシルクの上下で登場の玉三郎さん、ステージの真ん中、テーブルをはさんで
ハの字に置かれた椅子を、「ぢいさんばあさん」のるんのように、ちょこっと離して、
お掛けになりました。真山さんと距離をとったのではなく、角度が気になったのか・・・。
白い靴下、白いエナメルスニーカーは、明石の朗読公演と同じでした。
シルクのシャツをアウトにしているのも、同じ。

最初、お二人の出会いについてのお話が双方からありました。
真山さんは「わたしがしゃべる会ではないので」といいながら、玉三郎さんは
「真山さんの話だけでなくて、これからいろいろとお話しますけど」と断りながら、
「ここは、わかっておいていただきたい」という意志の感じられる導入でした。

真山さん、はじめてのインタビューで30分の予定が1時間半になり、
その後、いろいろとお手伝いしながらここに至り、いまや「玉三郎専属の司会者になって、
小説が売れなくなっても、もうひとつの仕事ができるなと(笑)」に対して、
玉三郎さん、「そう思って今日お呼びしたんです(笑)」

玉三郎さんの真山さん紹介は、丁寧でした。
「泉鏡花先生とか、有吉先生とか、ヒット作品がたくさんあっても、
小説家でいるというのが大変だというのがわかっておりますので、副業として(笑)、
司会してもらえれば、なかなか楽しく行けるんじゃないかと」と冗談をまじえつつ、
「小説家になろうって方ですから、芝居のことも深く見、世の中のことも、
人生のことも話してきましたんで、皆様の前で話す時に、そういう引き出しがあれば、
とこうしてご一緒してるわけです」

ここで、玉三郎さん、こんなことおっしゃいました。
「(真山さんが)小説家になりたいということで、フリーライターが小説家になるのは
結構大変なことなんで、大変だなと思っておりまして、そうですか、とか言ってたんだけど、
ほんとに「ハゲタカ」という小説を書かれて・・・」

「そうですか、とか言ってたんだけど」、ここ、会話の情景がうかんできて、
なんとなく、可笑しい。

2.出会いが衝撃的だった話をしたい

最初のインタビューのときの話題が「ファーストフード」だったそうで、
真山さん「びっくりしました。あなた、ハンバーガー食べる? ときどき、とか言って、
食の話にどんどん行って、すごい大演説でしたね」

玉三郎さん、しばし、文明論に入られました。80年代から、鏡花とか近松とか
古典の芝居をしていくのに何が大事かと考えていて、思い至ったのが、食べ物で、
そのあと、蛍光灯、90年代になると、疑似体験と映像の問題。
この3つが大きなテーマ、ということです。

そこで、真山さん「少し翻訳しますね」
玉三郎さん「すいません」

せっかくのサポートですが、なんだか、翻訳のほうがむつかしくなったように思いましたが、
玉三郎さん、しまいに「ファーストフードがだめ、冷房暖房がだめだからといっても、
何もなかった時代にはもどれない、もどれないけれど、良く考えてやるってことが大事かな」
と簡単に要約してくださいました。ま、そういうことです。

〇闇の話
蛍光灯とくれば出てくるのが「闇」の話。
「闇」について、語りたいことがいつもいっぱいの玉三郎さん。
日本に闇がなくなった、日本の映画でも黒沢さん、小津さんの映画にはある、
ヨーロッパにはある、教会なんか、暗いところがいっぱいある、みたいな話のあとで、
玉三郎さん、「闇がこわかったんです、ちっちゃいときから。暗い部屋で寝られないとか、
暗いトコに行かれない、いまは暗くなきゃ寝られないけど」
真山さん「そうですよね。すごいですよ。地方公演に行くと、もうカーテンなんか
全部替えちゃいますから、こんな薄いカーテンじゃだめっておっしゃって、
バンバン遮光カーテンに変えてますよね」

玉三郎さん、否定しません、暗くないと寝られず、音が鳴ったらすぐ目が覚めるので、
「耳栓したり目マスクしたりして、もう火事になったらどうすんの、
もうこのままで焼けるのって。まあ、冗談ですけど。そのくらい、しっかり寝たい」



京にんじんさんの細やかな描写に、お話のテンポとか情景が浮かびます。
たっぷりと、ありがとうございます。引き続き、
海外での公演と、さまざまな舞台を観劇された時のお話を次回に!

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

待っててくださいね。

☆☆☆☆さん

喜んでいただけて、何よりです。
京にんじんさんのおかげでございます。

そうですね、社会派?のお二人のお話、
乞うご期待です。

パチパチパチ!!

京にんじんさんも、ドキュメンタリー作家になれます。^^

ほんとに!

まるこさん

読み応え満点で、素晴らしいですよね。
女真山(たとえ変か)です。
プロフィール

桔梗

Author:桔梗
坂東玉三郎さんの 芝居に舞踊に歌唱に舞台演出に 映画監督に朗読に執筆に 歩く姿も潜る姿も後ろ姿も素ッピンも☆☆ すべてに魂を揺さぶられ〜~ 玉さんブラヴォ----ッッッっ!なエブリデイ!

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク