玉三郎さんの「夏の宴」、最高♪♪♪

帝国ホテルで開催された玉三郎さんのディナーショー
「夏の宴」に行って参りました。

3階「富士の間」のエントランスには豪華なお花が。

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大広間には、約400名分(1卓10名)の円卓がギッシリ。
2009年4月にも同じお部屋で玉三郎さんのトークショーがありました。
その時は母が亡くなった翌月で、ションボリした気持ちを
玉三郎さんのお話で、アゲアゲにしていただきました。
その8年後、今度は病気でヘロヘロの心身を、
玉三郎さんのお話と魅惑の歌声で元気にしていただけるなんて♪

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テーブルに着くと、すでにディナーのセッティングが。
お皿の上には、「夏の扉」~トークとディナーそして魅惑の歌声を~
と書かれたメニューが置いてありました。ゴージャス!

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第一部は、玉三郎さんのトークショーです。
銀色の幕が上がると、真っ白いスーツをお召しの玉三郎さんが!
うわぁ~爽やか、夏っぽいなぁ。ヘッドマイクをつけていらっしゃり、
お一人で、すぐにお話を始めてくださいました。

まずは、どうして今回、ディナーショーをすることになったのか、その経緯を
14才で襲名された頃に始まった変声期から今に至るまでの玉三郎さんの
女形の声の変遷史として、その節目節目のお話をしてくださいました。

17才で国立劇場に抜擢された頃は、まだ変声期が続いていて、
どうしても女形の声が裏返ってしまったそうです。高い声がひっくり返っちゃう感じの
そのお声を実際にやってくださいました。一緒にご出演だった当時の松緑のおじさまから、
「伸ちゃん、1回裏返ったら100円だよ」と言われて、終演後にご挨拶されるたびに、
「お前、今日は、300円だよ。」と声が裏返った回数×100円を、貯金箱に入れられ
ていたそうです。松緑のおじさまの洒落っ気が素敵です。千穐楽にはその何十倍もの
プレゼントをくださったそうです。その時から、女形の声を一生懸命に研究してきました、と。

25才の時、桜姫で、5時間半出っぱなしの際には4時間経つ頃に啖呵を切る場面で
声が出なくなったそうです。「幽霊ど~の~」が出なくなった、と実際にその出なくなった声も
やってくださいました。その時は声を太くすると翌日、声が戻ることを発見されたそうです。
そして50才の頃に仁左衛門さんの襲名公演で演じた「揚巻」では、「悪態の初音~」の
「はつ~ね~」が出なくなってしまった。どうしよう、声が出ないと困るな と。
その時に、ずっとお友達だった方がボイストレーナーだったことにハタと気づいて
「そういえば、あんた、ボイトレだったね」(笑)と、発声の練習を始められたそうです。
そういう経緯から、せっかくだから歌ったらどう?ってことになって、30歳の頃に、一度、
帝国ホテルの新館で毛皮のお店の忘年会に越路さんの歌を歌われたそうです。
2011年にはコンサートで歌手デビューを果たされて、今年の3月の日生劇場の
越路さんの37回忌のリサイタルで「妻へ」を歌われて、それがきっかけで今回の
ディナーショーになりました、とおっしゃられました。
そのお話を聞いていて思ったのは、玉三郎さんの声が50才の頃に出にくくなったおかげで
今夜のディナーショーがあるんだなぁ、と。声が出ないという困難に屈することなく、
常にマイナスを大きなプラスに変換して、強い意志をもって日々の努力を続けてこられた、
玉三郎さんの生き方そのものなのだな、ということでした。玉三郎さんは、そんなことは
微塵もおっしゃいませんでしたけどね。14才の頃の、17才の頃の、25才の頃の、
そして50才の頃の玉三郎さんを思いながら、いいお話だなとしみじみいたしました。
その後で、鍛錬された歌声を聞いて、またまたびっくりし仰天してしまうわけなのですが♪

さらに京丹後でお知り合いになられた生物学研究家の中村桂子先生とのお話も
してくださいました。玉三郎さんは、これから人間はどうなるのか、と落胆していたが、
中村先生はとても前向きな方で、地球の寿命があるかぎり地球は滅びない、
たとえ人間が滅びても、地球上にはまた生命体が現れるでしょう、というお話を
聞いて、玉三郎さんはとても希望をもてたと、弾んだ声でおっしゃっていました。
そして人間は、夕焼けや海、大自然と対面することで自分自身を取り戻すのです、と。
食べるものが豊かであれば芸術的な生活や人とのつきあいも豊かになること。 
アゲハ蝶はミカンの葉っぱにしか卵を産まないが、前足にセンサーがあって、
ミカンを検知するのだそう。そのセンサーが人間の味覚を感受する舌にも同じ
ものがあるそうで大変感動した、とおっしゃられました。人間も蝶と同じ生物と
感じられるロマンのあるお話に、とても感銘を受けました。

最後に、近いところでお客様と少しの対話をしたいので質問コーナーを、と
おっしゃってくださり、5名の方が質問されました。

質問①男性
玉様をおっかけてるのが生きがい。これからどのような新作をご予定ですか。

答え①
鼓童の芸術監督は昨年9月で終った。来年は新しい計画はございません。
10月は「沓手鳥孤城落月」の初役で淀君をやります。

質問②女性
女形として現代の女性に足りてないなというところ。アドバイスを。

答え②
普遍的な質問なんですね。あまりないですね。着物がきれいに着れる女性でいて欲しい
ちょっとずつ着てみて、きれいに着られたらいいかな。

質問③女性
一生の人生の哲学はなんですか。

答え③
哲学なんてもってないの。楽しく生きていきたいって。
その楽しみが舞台だった。そろそろ作る方にまわりたいな。
哲学じゃなくて夢でした。

質問④女性
今後、こだわっていきたいお役を2つあげてください。

答え④
うーん(即答はできない感じで)
「沓手鳥孤城落月」は初役ですし、がんばります。

質問⑤女性
女性としての立ち居振る舞いでここは大事ってところは。
これまでの人生で辛かったことは。

答え⑤
必要以上に若づくりにしない 「若がる」と「若々しい」はちがう
身につけるものやしぐさで若くする必要はないんじゃないか
前の日に辛いことがあっても、舞台に上がれて音楽に乗れたことによって
動いたあと忘れられた。 こうやって乗り越えたという記憶がない
苦労と思ったことがあまりない。

そして、今回のディナーショーで、とっても感動したこと.は
玉三郎さんが「皆さまと乾杯してから、次のしたくにかからしてもらう」と
おっしゃってくださって、みんなのグラスにシャンパンが注がれるまで
舞台の上でお話ししながら、待っていてくださったのです。
玉三郎さんと乾杯できるなんて!
こんなに景気づけできることはありません(笑)。
準備ができると、乾杯の音頭をとってくださいました。

「これからも楽しい人生を。
皆さまとこうしてお会いした時に幸せだと思っていただけるように
私も一生懸命生きていきます。皆さまの御健康と幸せに乾杯!」


「カンパーイ!」玉三郎さんを見ながら大きな声で乾杯しました。
玉三郎さんは上を向いて、グラスを傾けて、シャンパンを
ククク―ッと、しっかり飲まれていらっしゃいました。
これから歌があるのに、一緒に飲んでくださったことが嬉しくて。
一生涯忘れられない、玉三郎さんの乾杯の音頭です。

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テーブルの皆さんとお話ししながら、フレンチの美食を楽しみました。
玉三郎さんと乾杯したら飲まないわけにはいかないので(言い訳)
1ヵ月ぶりでワインを紅白で少々いただきました。おいしかったなー。

そして、いよいよ玉三郎さんの魅惑の歌声タイムに♪
二日経っても、まだ余韻に浸っています。その2で書きますね。
プロフィール

桔梗

Author:桔梗
坂東玉三郎さんの 芝居に舞踊に歌唱に舞台演出に 映画監督に朗読に執筆に 歩く姿も潜る姿も後ろ姿も素ッピンも☆☆ すべてに魂を揺さぶられ〜~ 玉さんブラヴォ----ッッッっ!なエブリデイ!

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