自分の欠点を見つめること@明治大学講演会

質問コーナーでは、玉三郎さんに
自分の悩みを相談されている学生さんもいらっしゃいました。

ある男子学生の方は

「他人と話す時に、自分が優れているところを探して、
 いつも上から目線で話してしまう。それを直すには、
 どうすればいいでしょうか。」

玉三郎さんは、「素晴らしい質問ですね~。」と。
少し考えて、「自分が他人より劣っているところを見つめること。
そこに魂を没入して、そこの窓から(この表現が素敵で忘れられません)
他人と話してみたらいいんじゃない?その欠点はあえて他人に言う必要はない。
そしてそれは演じるということにもつながります。
役者は自分のいい所だけ見て演じたら、鼻もちならないものになる。
自分の欠点をイヤってほど見つめて(ここでテーブルの上にあった
マイクを置くシートを目の真ん前にくっつけるしぐさをされて(場内沸))、
そこで見えてくるもの、それを補えることを考えて演じないといけない。
自分が上だと思ったら、他人とコミュニケーションは取れないし、
他人と会う必要もない。自分が劣っていることと、自分が相手に話してあげられること
その両方があって、人とのふれあいが生まれてくる。
他人と対話しなくては、ひとと会ったことにはならないと思います。」
とお答えくださいました。そして、
「今日も、こんな風に紗の着物を着ているけれども
見せびらかすつもりはなくて、欠点を隠しているんです。」
と、おっしゃいました。人間ぽくっていいなぁ。

上から目線で話しをするのは、その学生さんだけの問題ではなくて
誰の心の中にも存在している人間の性のようなものかもしれませんね。
役者が演じるということにつなげて解答してくださったところも、
さすがだなぁ、と思いました。

初回の明治大学の講演会を聞いた時にも感じたことなのですが
玉三郎さんは、自分の欠点から目をそむけずに、そこで生まれる
劣等感や苦しみ、悲しみ、寂しさ、人にとって恥ずかしい感情や
虚しい感情などから逃げないで、まっすぐに向き合って、深く受け止めて、
それを乗り越えた後も、その感情を忘れることなく、いつまでも胸に刻み込んで
いらっしゃるから、あんなに素晴らしい演技や舞踊が生まれてくるのだな、と。
だから、観ていて、涙が出たり、心が震えたり、励まされたり
心動かされるのだな、と、今回もあらためて感じ入りました。
玉三郎さんと負の感情。人間が生きていく上で見つめておきたいこと。
明治大学の講演会では、玉三郎さんの演技の謎が少しずつ紐解かれていく
そんな発見と快感があります。

「やっぱりワンマンじゃ生きていけないわ。」
と、ピーマンも、深くうなずいております。

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「その雨を頼みに行きました」@明治大学講演会

明治大学講演会では、今年も質問コーナーがありました。
特に、玉三郎さんは、学生さんにどんどん質問して欲しい、と
おっしゃって、学生さんたちも自由に質問されていました。

文学部の女子学生の方が、自分は泉鏡花が大好きで
インターネットの検索で玉三郎さんの鏡花の舞台に辿り着いたこと。
そして「天守物語」や「海神別荘」などの映像を見て、玉三郎さんの芝居を
見た時に、鏡花の作品を知った時と同様に、心が震えたこと。
玉三郎さんは、鏡花の世界観をどういう風に自分の中に取り込んで
あのような演技をされているのか、と質問されました。

玉三郎さんは、鏡花の「天守物語」を読んだ時、自分の言いたい事が
書いてある、と思ったそうです。なので、意識してやったことはあまりない。
そして、実際に、「その雨を頼みにいきました~」と、富姫夫人の台詞を
サラサラサラ~っと語ってくださったんです。富姫の最初の台詞はとても長いのだけれど
大切なのは、どの言葉がどこにかかっているのか、設計図のように解釈して
お客様が立体的に理解できるように、考えて喋ること、とおっしゃいました。

こんなに素晴らしい解答はない、と思いました。富姫さまにも会えました!
私は、女子学生の方がインターネットで検索して玉三郎さんに辿り着くことができて
本当に良かったと思いました。そしてこの日に出かけてきて玉三郎さんに
直接、質問をして生で富姫の台詞を聞かせていただけたことは奇跡的なこと
だと思いました。彼女のおかげで、私たちも聞かせていただけました。
一番、喜んでいたのは土屋学長かもしれません。最後にしみじみと
「今日は、富姫の台詞を聞けて、本当にうれしい。感謝します」と
おっしゃっていました。そして、玉三郎さんに「学生相談室」を開いていただきたい
と、何回もおっしゃっていました。学生さんの質問は、思いのままストレートで、
いい意味で遠慮がなくて、情熱があって、若いっていいなぁ、って思いました。
玉三郎さんも、学生さんの質問にはずーっと答えていられるでしょう、
とおっしゃっていました。玉三郎さんの答えには、生きるヒントが沢山、
秘められていて、遠い昔に学生だったものにも、とても勉強になりました。

またこうも猛暑が続くと、富姫さまに雨を頼みに行っていただきたくなります。
「人間って勝手ね。デコピンしたくなるわ」と、リコピン豊富なトマトがあきれています。

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鐘の上の花子さん@明治大学講演会

明治大学講演会では今年も、
玉三郎さんと土屋学長の対談がありました。
土屋学長はお能の専門家とのことで、伝統芸能にご造詣が深く
舞台の観方も、独特の視点でご覧になられていることが伺えました。

玉三郎さんに質問をされる時も、直球で核心に迫られるので
ああ、それ玉三郎さんに聞いてみたかった!ということが沢山ありました。

特に、心にのこっていることは

玉三郎さんが、阿古屋でお琴を弾くとき
一瞬、玉三郎さんの肉体が消える。
後ろに人形遣いがいて腕だけが動いているように感じて
身体は消えてしまっている。

と、おっしゃいました。私は、玉三郎さんの舞台を観ているとき
「そこに玉三郎さんはいるけど、玉三郎さんはいない」と思うのですが
学長先生の「肉体が消える」という表現が深いなぁと。
演じるというより、自由に動いて自我から離れているように見える、とも。
玉三郎さんはよく「私は乗り移り系なので」とおっしゃいますが、その時も、
「音楽が鳴ると音の中に入ってしまってわからなくなっちゃう。乗り移り体質です」と
おっしゃっていました。もともと人前でやるつもりはなかったそうですが、
人前でやってくださって、本当に良かったです。良かった良かった。

そして、歌舞伎座の「京鹿子娘五人道成寺」の時も、
鐘入りで鐘に上がる時に、玉三郎さんが鐘に上がっているのではなく
何かに支えられて天に昇っていくように見えた。

と学長先生がおっしゃって、玉三郎さんに、
「鐘の上にいるときは、どういう感じなんですか?」
と質問されました。

すると、玉三郎さんは、
鐘の上にあがっている時は自意識がない。
でも、幕が閉まるまで事故なく落ちないように
役でいなければならない、とおっしゃられました。

鐘の上の足場はとても狭いそうで、精一杯踊りきった後なので、
余計に落ちてはならないと思われるそうです。
勘九郎さんの顔に着物の袖がかからないようにしなくては、とも
思われていたそうです(笑)。
私は自分が高い所が苦手なので、花子さんが鐘に上がる時、
観ているだけでハラハラドキドキしてしまいました。
玉三郎さんは、片手を離して堂々と見栄を切っていらっしゃるので、
怖くないのかなぁ、どんな感じなんだろう、とずっと気になっていたのです。
今回、土屋学長が聞いてくださって満足しました。

土屋学長は、「歌舞伎役者はよく、芝翫系とか○○系、という風に観ることが
あるが、玉三郎さんは○○系ではなく、玉三郎さんは玉三郎さんでしかありえない。
歌舞伎を観に行くのだけど、玉三郎さんを観に行く。玉三郎さんを観ることで
歌舞伎を観る楽しみが続いている」、とおっしゃったんです。

私は、土屋学長に大向こうをかけたくなりました。
「よっ、土屋屋っ!」 (屋がたぶって、言いにくい。
でも「土屋っ!」だと呼び捨てになっちゃうし。どうでもいい?)

土屋学長は、玉三郎さんのお隣にいて「いい香りがする。この香りで
今日は、よく寝られる」と喜んでおられました(笑)。
来年も、ぜひ土屋屋ッ!の学長先生に玉三郎さんと対談をやっていただけたらな、
と切望いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

玉三郎さんは、八重垣姫の台詞を言いながら、役作りの解説をしてくださったり、
天守物語の富姫の台詞を言ってくださったり、学生さんの質問も
いろいろ面白かったのでまた書きますね。しつこく。

ようやく真夏が戻ってきました。ちょっとホッとしています。
「よかったナッス」と、蛇足菜園の茄子も喜んでいます。

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「命」と「魂」 @立正大学トークイベント

8月8日に開催されました、立正大学トークイベント
「坂東玉三郎 伝統文化の継承と新たなる挑戦」に行って参りました。

とても和やかな雰囲気の中、玉三郎さんは、楽しいお話と、
大切なことを色々、お話ししてくださいました。
ちゃんとお伝えできるかどうか自信がなく、なかなか書き始めることが
できませんでした。そこが心配なのですが、書かせていただきます。

舞台中央にお着物姿の玉三郎さん、右手に妙源寺ご住職小林順光さん、
左手に立正大学仏教学部教授寺尾英智さんがお座りになられました。

妙源寺は、玉三郎さんのご実家の菩提寺で、幼い頃からお父様と
よく遊びにいらしていたそうです。そしたらその後、守田家の菩提寺でも
あることがわかって、大変びっくりされたそうです。すごい偶然ですね。さらに
お二人のお父様は同い年で、お二人とも呑兵衛だった、と、玉三郎さんが
クイッと盃をあけるしぐさをして(ここ萌えポイント)、ご説明くださいました。

玉三郎さんはインタビューなどで、いつも実のお父様のことを
「料亭で母が忙しかったらから、いつも父は僕と一日中、一緒にいてくれました。
母と父が逆だったんです」と、お父様の溺愛ぶりをお話ししてくださいますが
楡原家に精通するご住職が、お父様は地元の名士で、実業家でも
いらしたことなどをお話されて、今までと違う玉三郎さんのお父様像を
知ることができ、とても新鮮でした。玉三郎さんの幼少期のこともお話してくださり
お寺の境内で遊んでいた子供たちは、だいたい鼻を垂らしていたのに
伸ちゃんだけは鼻を垂らしていなかった、とおっしゃっていました(場内爆笑)。
また当時、山手線から見えたオバケエントツ(見る角度によって4本に見えたり
1本に見えたりするエントツ)のことを玉三郎さんがお話されて、
昭和の伸ちゃんにも、触れることができました。

お芝居については、13代守田勘彌さんが「ジャンバルジャン」など
海外の作品もやってらして、中国の梅蘭芳さんとも交流があったこと。
12代目守田勘彌さんも開けた方だったそうで、その流れで、自分も海外の
いろいろな作品に取り組むようになった、とおっしゃっていました。
スライドに道成寺の花子さんの写真が映しだされると、
玉三郎さんは照れちゃうのでしょうか、「もうけっこうでございます」と(笑)。

明治大学の講演会でもおっしゃっていたのですが、師匠でいらした
守田勘彌さんは決して褒めない、とても厳しい方だったので、終演後、
へこんだ時には、勘彌さんのお弟子さんでいらした方に、お風呂で背中を
流してもらいながら、めいっぱい褒めてもらった、とおっしゃっていました。
私は、このお話しに、ジーンときちゃって(涙)。玉三郎さんは、その褒め方にも、
「もっと信じられるように褒めて」と注文をつけていたそうです(笑)。

最後、ご住職が、玉三郎さんに、「命について」どうお考えですか、とお尋ねになりました。
玉三郎さんは、「命」について考えなければ舞台に立つ意味はない。
そうでなくては濃い人生を実感できないし、いい芸術は生まれない、とおっしゃいました。
明大の時も、そこにいるだけで存在感のある役者は、濃い人生を送っている、
ともおっしゃっていました。濃い人生という言葉が、ずっと心に残っています。
そして、「命」の時間は長いか短いで価値が決まるわけではない気がする、と。
「命」と「魂」は生きている時は一体になっているけれども、別々のものではないか。
「命には、身体で生きる時間があるけれども、「魂」に関しては、時空では語れない、
とおっしゃいました。私は、この言葉にとても感銘を受けしました。すごく共感しました。
「魂は飛んでいる」ともおっしゃっていたような気がします。
私は、両親を亡くして初めて、「魂」について考えるようになりました。
玉三郎さんがおっしゃった、「魂は時空では語れない」ということについて
自分の感覚では、たとえ、「命」が生きている時間が終わっても、
その人の「命」が死んでいる時間というものが永遠に流れているのではないか、と
思うようになりました。玉三郎さんのお話を聞いていて、その時に生きているのが
「魂」なんだ!と、「命」と「魂」の関係が、とてもクリアになりました。
また合掌するということについては、手を合わせて合掌することもあれば、
心で合掌することもあるでしょう、と。玉三郎さんには、舞台を通じても、そして
こうしたお話を通じても、目に見えないものを感じて生きていくことの大切さを
教えていただいているように思います。

日蓮宗主催ということで、心は正座をして臨んだのですが
ご住職も教授もとても気さくな方でまったく堅苦しくなく、
玉三郎さんのウィットに富んだお話に、終始、笑いが絶えませんでした。
素晴らしいトークイベントをどうもありがとうございました。



その瞬間の向こう側を感じること@明治大学講演会①

玉三郎さんの明治大学講演会「演じるということ 2017」について、
何回かに分けて、書かせていただきます。

玉三郎さんは、紗のお着物で腰に扇子を差して颯爽と、ご登場。
これから舞踊会が始まりそうな、凛とした佇まいで、
会場には、涼やかな風が吹き抜けていきました。サーッと

さっぱりとした二枚目の玉三郎さんは、艶々でお元気そう。
お顔を拝見しただけで、私の体力復活メーターは、ドッドッドッドッドッと頂点まで
一気に針を振り切りました(欽ちゃんの仮装大賞のあのメーターみたいに)
最初の20分は、おひとりでお話をしてくださいました。

目に見えている舞台の向こう側を感じるということ。

これまで、作家の書いた他人になるために勉強してきたけれど、
ここ最近、感じているのは、お客様はその向こう側にあるもの、
私の人生や魂を、ご覧になっているのではないかということ。
台詞や型がしっかりできている技術的なことは当然のことで、
その奥にあるものをご覧になられているのではないか。
そのためにお稽古がある。両方が必要だと考えている、
とおっしゃられて、マリアカラスさんを例にして説明してくださいました。
歌の技術はもちろん、マリアカラスの人生が歌っているのかもしれない。
だからといって、マリアカラスは生の自分を披露しているわけではなく、そこには
作品、作者、歌手など色々なことが揺れ動いていて、それをお客様は感じている。

今まで、玉三郎さんの舞台を観て自分が感じていたことを、
演者である玉三郎さんの視点によって、いろんな角度からスポットライトをあてて
浮き彫りにしていただけたような、そんなわかりやすさがありました。
会場は聞き入ってシーンとしていたからか、玉三郎さんが、
「みなさんにはわかりきったお話かもしれませんね」、とおっしゃられたのですが、
私は、「わかりきってないですよっ!すごくよくわかりました、もっと聞かせてください」と、
叫びたかったです(笑)。きっと会場の人たちもそう思っていたのではないでしょうか。
でもシーンとしているほか術がないのです(笑)。
「わかってない話を、わかったように話さなくてはいけないのでしょうけどね」と
おっしゃられて、玉三郎さんのそういうところも、いいんですよね。
演じるということにおいて、僕の生きざまをお見せしようなんて気持ちは毛頭ない、
でも悪い生き様はすぐに見抜かれてしまうもの、とおっしゃられていたことも印象的でした。

明治大学の何回目かの講演会の時に、玉三郎さんが、斉藤先生に、
「感情を伝える時は、子音をはっきりと発音することが大切」とおっしゃられたんですよね。
玉三郎さんはその言葉の通り、子音の発音と間の取り方が絶品で、
耳にハッキリ入ってきました。さすがだな、と思いました。子音だけではなく、
そのスピードや、抑揚、お話しの組み立て方などプレゼンテーションにおいて何が大切なのか、
玉三郎さんのお話を聞いていると実践的にわかります。心地よいリズムがあるんですよね。
流れるようでいて、インパクトのある単調ではないリズムが。
「話すと言うこと、2017」としての学びの場でもあります。
人前で、あんな風に話せたらいいなぁといつも思います。
まずは子音の発音の特訓からですかね。でも、子音だけ強くしても、
意味もなく怒ってる変な人になっちゃいそうですよね。アカン。

ちょっと話は変わりまして、
八千代座の演目が発表になりましたね。今までにない、
玉三郎さんの「映像×舞踊公演」という新企画です。
いつも柔軟な発想で、私たち観客を喜ばせてくださる玉三郎さん。
しかも八千代座で、花子さんと鷺の精にまたお逢いできるなんて!
うひゃ~、嬉しいの段じゃございません。夢のようです。
演目のちがう一日二回公演も初体験です。
ホテルと飛行機とレンタカーを予約しなくちゃ。

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八千代座のホームページに詳細があります。
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プロフィール

桔梗

Author:桔梗
坂東玉三郎さんの 芝居に舞踊に歌唱に舞台演出に 映画監督に朗読に執筆に 歩く姿も潜る姿も後ろ姿も素ッピンも☆☆ すべてに魂を揺さぶられ〜~ 玉さんブラヴォ----ッッッっ!なエブリデイ!

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